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1.「本当の俺.avi」

  1. 2010/04/04(日) 22:23:31|
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(このホモ私小説のような物は主に自分の性癖について客観的に考えるために実際の経験を基に思う所を率直に文章にした物であり、創作や誇張は一切ありません。ちなみに公開していながら不定期に推敲しますので所々表現が変わったり、後に思い出したり経験したエピソードが追加されたり、逆に不要な件が削除される事があります)
(最終推敲&加筆 2011/09/27)


序章 



 ここに一本の素人撮影物の無修正エロ動画がある。素人撮影の所謂プライベートビデオである。元々はハンディカムで撮った物だがPCで見られるように取り込んでaviにエンコードした物だ。俺はこの素人撮りエロ動画を4年前にある中年男にもらってから確実に百回以上は見た。彼女がいる時もいない時も思い出す度見てはオナニーに使った。普通、男は気に入ったエロネタでも何度か使ってしまえば新鮮さを求めて他にいくものなのだが、これだけは何度見ても、見る度にまた同じように固くしてしまうのだ。実はこの動画に登場するのは男二人だけであるから、まあホモビデオという事になる。もう言わずとも分かるかも知れないが、モニターに映し出された狭いアパートの居間で仁王立ちした巨漢の中年男の毛がびっしりと張り付いたビール腹の下に顔を埋め、赤黒く傘を張った野太いペニスを嬉しそうにねっとりと舐め回している恥知らずな若い方の男が誰あろう俺本人なのだ。 


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 このビデオを撮影した場所は既婚者である相手の当時39歳の女子校の男性社会科教師(元は体育を教えていたらしいがアキレス腱を切ったのをきっかけに社会科に転向したらしい)が奥さんと娘に内緒で借りているという趣味関係の荷物置き場の狭いアパートにレンタルのHDハンディカムと三脚を持ち込み撮影した。他には所謂ジャニーズ系の若い男のヌード写真集やDVD、そして古い19型のテレビとDVDプレーヤーなどがあったが格安で借りる為かトイレも風呂もない部屋だった。先生は身長が185cmくらいで身体も大きく柔道で言えば無差別級に属するとほど巨漢で、俺といるとアンバランスに見えるほどだったが俺は後述のある理由からこういう不細工が好きで性的な興味が湧くタイプの男なのでこうして付き合っているわけだが、実はこういうタイプを好きなのは少数派ではなく巨漢で毛深い中年はホモにはモテるはずなのだ。しかし本人はいつも全然モテないと言っていて先生曰く「寄って来るのは俺と似たような親父ばっかりで、若くて可愛い子には全くモテない。だからやっと捕まえたS(俺の名前)には逃げられないように色々やって満足させなきゃ。撮影もその為だから」だそうだ。そこは流石に女子校の教師であり娘を持つ結婚歴12年の既婚者と言うべきかもしれない。「」の扱い方に慣れているという気がする。性行為をしている時も俺は男だが先生との関係性上は誰がどう見ても女なので、男がこういう風に振る舞えば女は居心地が良いという女の気持ちがよく分かるのだ。

 ちなみに文系の端くれとして自分を分析し言葉に変換すると、まず俺は自分をゲイだと思った事はないし今でもそう思っている。何故なら俺はずっとクラスの男連中と同じように小学校二年の時に隣の席の女の子に初めて恋をして以来女の子にしか恋をした事がないし、可愛い女の子に微笑まれた時の、あのときめくような感情を男に対して持った事は一度もないからだ。ただし女の子と愛し合いたいという欲求と男に対するそれは、そもそも異質の物であるのかもしれないし、その違いや、何が本当の恋愛感情なのかついては後述するが自分でも完全には分からないというのが本当の所である。とにかくこの先生と関係を持つまでは定期的に複数回関係を持った相手も女の子だけであった。

 俺がこういう性癖を持つようになったきっかけについても後で述べるが、俺は小5の時から時折男に対しても欲情するようになってしまったので、大学に入り行動にも自由がきくようになると我慢できずにハッテン映画館やハッテン旅館と呼ばれる、文字通りホモ同士が関係を「発展」させる為の場所をネットで調べて何度か行ってみたりしては、一度きりの遊びを経験した回数は数十回にはなるだろう。エロ映画館でのハッテンは映画自体が一般的なポルノなので当然と言うか基本的に客の大半は一般客なのだが、そういう状況で相手を探す駆け引きが刺激的で好きだ。映画館では暗い館内の後ろに立って相手を探し、軽く肩を叩いて合図したり相手にしか聞こえないような小声でトイレに誘ったりして行為に及ぶ。エロ映画館ではほとんど使われる事のない女子トイレが使われる事が多い。ちなみに俺は自分から誘った事はなく誘われてついて行ってしゃぶるのだ。考えてみると一言も言葉を交わしていないのに俺を誘って個室で二人になった途端に俺の前に男根を突き出すというのは、そうすれば俺が喜んで男の前に跪き男性器をしゃぶると見透かされているようで複雑ではある。だがそういう駆け引き含め、初めて会った名前も知らず会話もほとんど交わさない男にフェラチオして口の中に射精される興奮は他ではなかなか味わえない。ハッテン旅館も好みの相手が見つかればいい。基本的に泊まりなので布団もあるし一度した相手と何度もしたり、深い付き合いになる事も多い。俺も一度だけ好みのワイルド系の大柄の男と出会い、それなりの「アバンチュール」は経験したが、それについても後で述べる。しかし明るい場所で相手がよく見えるというのもあるかもしれないが自分のように痩せた優男とか60以上の年寄りとか好みのタイプがいない事が多かったので、そんな時は結局いつも適当な相手を見つけてしごき合ったり当たり障りのない行為で済ませてすぐ帰って来たし、大声でオネエ言葉で喋る下品なのがいると何もせずにすぐ帰って来た。所謂オネエがああいう行動に出るのはナルシズムからなのか「もっと注目して欲しい」という甘えからなのかは分からないが、あんな風に振る舞うと途端に全てがつまらなくなる気がしてならない。「加虐と被虐に彩られた男同士の微妙な感情の機微の間に存在する背徳の秘め事」など理解出来ないのだろう。やつらはやつらなりの事情でそうなったんだと思うが、所詮オネエは鬼瓦みたいな顔でギャーギャー騒ぐだけの哀れな道化師にしか見えないのだ。





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2.「本当の俺.avi」

  1. 2010/04/04(日) 22:22:23|
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エッチごっこ (最終推敲&加筆 2011/09/27)


 何故、俺はホモではないと言いながら定期的に男としたがる変態になったのかと言えば、実はある二人によってもたらされた二つの出来事をきっかけにしていて、それを自分でも正確に認識しているため、生まれついたホモではないと言い切れる訳だ。まだ子供の頃に経験したその二つの出来事によって俺は知らなくてもいい世界を知ってしまったのだ。(今では二人に感謝しているが)最初は小5の時だった。俺の実家は地方都市の新興住宅地にあったのだがその頃はまだ子供がたくさんいて、俺も毎日のように仲の良い近所の同年代の子供3〜4人で遊んでいた。そして確か春休み中だったと思うが、いつもの遊び仲間の一個上の兄ちゃん(ファーストネームのイニシャルから"K"とする)の家に行くとたまたま他のメンバーは出掛けていて来ていなかった。するとKが「兄ちゃんの部屋でエロ本見つけたから見よう」と言うので二人で足音を立てないように階段を上がって行った。今でも覚えているがKの兄の部屋にあったのは今考えるとエロ本とは呼べないような所謂「ヤング系青年マンガ」だった。しかしギャグっぽいシーンとはいえ主人公が金髪美女にフェラチオされて気持ちよがる場面があって、Kは明らかにそのマンガによってフェラチオという行為に興味を持ったようだった。そしてKは「エッチごっこしよう」と言った。Kには中学生の兄がいる為か下ネタ関係の知識も豊富で、仲間内で一番マセていたので俺はその提案にもあまり驚かなかったが、男だけでそういう行為が成り立つという発想すらなかったから「え?うん」程度のリアクションだったと思う。Kの家族は比較的後から引っ越して来たので、家も新しく当時では珍しいウォークインクローゼットがあり普段から隠れん坊に使ったりしていたが、この時も二人で自然とクローゼットに向かった。

 クローゼットは扉にも隙間がなく閉めると真っ暗になるタイプだったが天井に電球が付いていたので付けた。春先か初夏の天気の良い日だったのでクローゼットの中はムッとして暑かったのを覚えている。当時は言うまでもなく当然二人とも性行為自体が未経験なガキだった訳だが自然と普段と違う空気が漂っていた。普段は口数の多いKが黙ってズボンとパンツを下ろすと「エロ本」を見たせいで既にそれは勃っていた。普段から並んで立ちションするのも日常茶飯事なので勃っている状態のKのチンポを見るのも初めてではないし、この時点では何の感慨もなかったが、Kのは俺のよりも一回り太く大きい事をこの時初めて意識した。当時は二人とも包茎だったが。Kは「代わりばんこで口に入れよう」と言った。
 既にKはパンツを下ろしているので自然に俺が最初に口に入れる事になる。俺はしゃがんでKのを目の前で見た。当時の記憶としては「目の前で見ると大きい」というのと「ションベン臭い」っていう印象だった。そして口に入れたが、当然と言うか二人とも「愛撫」なんていう概念は持っていないので、唇で竿の中程辺りを挟んで、なるべく舌や口の中に当たらないように口の中を空洞にしているだけだった。Kも何も言わなかったし、Kが口に入れる番になっても同じように竿を10cmほど口に入れ、口を空洞にしてジッとしているだけだった。が、どうしてもたまにKが動いたりこっちが舌を動かしたりして結果的に舐めてしまう事があり、当然シャワーを浴びている訳でもないので先の方はしょっぱかったのを覚えている。チンポを口に入れた印象は「勃起したチンポは手で触ると熱いが口に入れるとぬるく感じる」、「先がしょっぱくて他の部分は無味」だった。そして「お互いのケツに交代で顔をはさみ合う」という子供らしい、無意味で不毛だが相当エロい事も、そうするのが当然のように黙々とやっていた。男同士でも肛門の臭いを嗅ぎ合う行為で性的に興奮すると知ってしまった事がフェラチオ体験とコンボで俺の男色趣味と体臭フェチに繋がっているのだ。

 二人ともまだ全く毛らしい毛は生えていなかったと思うが、そんな行為を繰り返していたので当然のように終始ビンビンに勃起していた。そしてしばらして俺がKのを口に入れているとKが「ションベンしていい?」と聞いてきた。俺はすぐに「いいよ」と答えた。口の中に小便されるというのは常識で言えば誰でも嫌な事だろうと思うし、性体験豊富な大人でもプレイとしてすら許容出来ないという人も多いだろう。それが性体験も皆無な小学生の男子ならば例え相手が可愛い女の子であったとしても「はあ?ションベン?汚ねえ!」と言うのが自然な反応だろう。しかしこの時の俺はKという遊び友達のチンポを口に入れながら小便をされてもいいと思った。単純にこの時の俺はそれを嫌だと思わなかった。むしろして欲しいと思うレベルにまで、ものの一時間程度で「進化」したらしい。これはやはり子供だからなのだろう。同性愛者の多くは子供の頃に異性より先に同性の友達や大人との性的な関係を持ったのをきっかけに自らの性的嗜好に目覚めるのだというアメリカの調査結果を見た事があるが、固定観念のない子供というのは性に対しても自由なのだろう。子供の頃の性体験は子供にとって良くも悪くもフェイタルなインパクトとなり得るのだ。

 話を戻すと俺は「いいよ」と言ったがなかなか小便が口の中に入って来なかった。俺が動かずにじっと待っているとKも出そうとしているようだったが出ない。そうしているうちに足が痺れてきた俺が体勢を変えようと、Kのを口にくわえたまま体を動かしたら数秒後にKの勃起が口の中で上下にビクンビクンと動いてその度に「少しだけ」苦しょっぱい液体が口に入ってきた。当時は全く知識がなかった為に、何故わざわざあの時に絞り出すように少量の小便をする必要があったのか?と何となく疑問には思ったが深くは考えなかった。しばらくはそれをKの言うままに小便だと思い込んでいたのだ。そしてかなり後になって思い出した時にあれは明らかに射精であり口に入ってきたのは精液だとやっと気付いたのだ。

 Kが当時オナニーを経験していたかは定かじゃないが、小学生としては、かなりきわどい下ネタも平気で言うKからオナニーや射精についての話題を聞いた事はなかったし、もし話題に出ていれば俺も知っていたはずである。しかもチンポを口に入れ合っている相手にそれを隠す必要はないはずだし、俺が「(しても)いいよ」と言ってからの数分のタイムラグを考えると、どうすれば射精するのかはK自身本当に知らなかったんだと思う。たぶんあれがKの精通だったのだ。

 「ションベン」が終わるとKは急に焦ったようにパンツを履き驚いたような顔をしていた。当時は急に行為を止めた理由が分からなかったので何か用事があったのを忘れていたのかな、くらいに思っていたが、これも後になって考えると、あの時のKは漫画の射精描写を小便と思い込み、押し寄せる射精欲を「凄く小便したい」と勘違いし、必死で小便を出そうと思っていた所に初めて射精して驚き、未知の快感と射精後の強烈な罪悪感に襲われていたのだ。焦って当然である。そしてこの頃からKは中学入試で忙しくなり、何度かKが遊びに来たり俺が行ったりしたが二人っきりの時はなかったし一度物凄く本格的にしてしまっただけに、もうお互いに軽く「またエッチごっこしよう」とも言い出せぬまま時は過ぎてKは中学に入り、一緒に遊ぶ事もなくなっていき、良いのか悪いのか俺の性的嗜好に多大な影響を与えた出来事の一つ、「エッチごっこ」は結局一度きりで終わった。

 ちなみにこれを書き始めてから俺が最初に性体験をしたKに未だに何らかの好意を持っている事に気付いたが、この感情は友情とも恋愛感情の「ときめき」ともきっと違う。強いて言えば未だにKに性欲を感じるのだ。風の噂でKも東京の大学にいると聞いてから気になってしょうがない。この「Kに会ってやりたい」という感情は純粋でない、爛れた物なのだろうか。しかし男女の恋愛でもこういう事はよくあるだろう。そもそも恋愛感情と性欲なんて明確に区分出来るのだろうか。まだ分からない。Kに恋愛感情は感じないが、他に男はいくらでもいるとしてもKとやりたいと思うのは何なんだろう。

 俺は普段、人間関係に於いてメルヘンチックな希望的観測を言う人間ではないが、もし明日にでもKとどこかで再会し、どちらかが切り出せば、あっさりとそういう関係になるような気がするのだ。子供の頃の、特に最初の性体験は、たぶん一生忘れられる物じゃないのは俺が一番よく知っている。書きながら気付いたが、俺がどこかでKを忘れられていないように、少なくともKにとって俺は性の対象であり続けているという確信がある。男がある対象で勃起した場合、それは極めて根源的な生理反応であるはずで、年齢によって感度の違いはあれど嗜好のベクトル自体は小学生でも大学生でも、たぶん40代50代になっても変わらないはずだ。なにせKが生まれて初めて射精したのは俺の口の中なのだから。

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3.「本当の俺.avi」

  1. 2010/04/04(日) 22:20:00|
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S先生 (最終推敲&加筆 2011/09/27)


 二つ目の出来事はそれから一つ学年が上がった小6の時だった。俺は当時「スポ少」の柔道教室に通って(通わされて)いたのだが夜間の教室だったし、学区外の子供も多かったのでほとんどの子供は親に車で送り迎えされていた。しかし俺は両親が忙しかったのと家から1.5km程度と比較的近かったので一人で自転車で通っていた。だから居残り練習があっても親が見学して待っているなんて事は一度もなく、そういう事情も「」に目を付けられた理由の一つかもしれない。ここはハッキリとは覚えていないが、曜日によって数人の講師が交代で基本的に一人で生徒20人くらい全員を見ていたと思う。講師はもちろん全員柔道経験者という事もあってどの講師も身体が大きかったがその中に年齢が30代後半くらいのS先生と呼ばれていた講師がいた。クラスで同じ名字の可愛い女の子がいたので今でも覚えている。S先生は乱取りや寝技の稽古で俺と組む事が多かった。俺は時期外れなタイミングで後から入ったので、俺だけ講師との稽古が多いのかと思っていたが、他の講師の時は俺も子供同士で組む事も多く、どう考えても、S先生の時だけ目立って講師と組んでの稽古が多かった。もちろん子供にとって先生に目を掛けてもらえる事は無視されるよりは絶対的に嬉しい事であり、S先生に好意を抱きこそすれ嫌う理由などなかった。その点に於いて俺は素直な子供だったのだ。 

 S先生の曜日に限らず、上達が遅い生徒は居残りで30分から1時間ほど個別に稽古する事がよくあったがS先生は俺を居残らせる事が多かった。この人が少年好きだったと仮定すると、坊主頭の子供が多かった中で、俺だけは襟足くらいまでの髪で顔も女顔だから彼の趣味だったのかもしれない。俺の場合は「後から入ったから」という名目があったし、最後まで一人だけ残される事も多かった。そして他の居残り組が帰り二人きりになると何故か決まり事のように必ず寝技の稽古をした。

 ちなみに寝技の稽古とは押さえ込まれた状態から抜ける練習なのだが、講師相手の場合は体格が違いすぎる為、本気で押さえ込まれるとびくともせず練習にならない。だから通常は講師が子供に寝技から抜ける練習をさせる場合は適当に力を抜きながら上手い抜け方を教えるのだが、S先生の場合、縦四方固めや逆四方固め、または横四方固めでがっちりと押さえ込むので全く身動き出来なかった。下世話な言い方をすれば縦四方というのは正常位の体勢で逆四方とは69の体勢なので、夜の道場で子供と二人っきりでやっている時点で合法的な犯罪と呼べる気もする。縦四方の時はにはよく時折耳や首筋に無精髭や唇を押しつけられ息を吹きかけられたし、逆四方の時は股間を顔に押しつけられた。もちろん寝技の練習では瞬間的にはよくある「アクシデント」だし、例えそれが不自然に長時間繰り返されたとしても妙な意図などないと言い張る事は出来る。勃起してるかどうかなんて明確な証拠など残らないのだ。そして、だからこそS先生もあんな事が出来たのだ。

 恐らく大人と子供が実際の行為に踏み込むには子供側からの積極的なアプローチがなければほとんどはこのように未遂に終わるんじゃないだろうか。普通はなかなか人生を棒に振るようなリスクは負えないだろう。だが実際の性行為ではないとはいえ、抑え込みの練習中ずっとS先生の男根が文字通り身体中から顔から意図的に押しつけられている訳だからほとんど性行為と同じと言える。しかも最初はグニャグニャしていたS先生のそれはいつも途中から完全に固く大きくなっていた。柔道では胴着の下は基本的に裸だし特に下穿きは生地が薄手な為、中で勃起するとすぐに分かるのだ。だから勃起したのを十数分も顔に擦りつけられると亀頭の造形やピクンピクンと脈動する様子、玉袋の中で睾丸がニュルニュルと動く様子まで鼻先や頬の感覚ではっきりと分かるほど生々しい感覚があった。そしてパンツを履かないという事は胴着もパンツと同様、小便や汗が染みついた臭いもあるという事で、しかも胴着を洗うのは週一程度なのだからパンツの方がマシとも言える。決して強烈な臭いではないのだが、その饐えたような生臭いような独特の臭いは、柔らかい男根が固くなっていく感触と共に今でも思い出せるほどだ。それは顔に押しつけられたら嫌悪感以外感じてはいけない代物である。

 それでも「エッチごっこ」で既に目覚めていた俺は嫌がる態度を見せない為安心したのか、S先生はそれを腰の動きによって俺の太ももや顔に擦りつけるようになった。柔道の押さえ込みをする為にやっているんだという大義名分の元に、抑え付けられて耳や首筋にキスされたり、熱い吐息を吹きかけられたり、勃起した大人のチンポをセックスの動きで身体中に擦りつけられたら俺じゃなくても何かに目覚めてしまうだろう。そしてどう足掻いても逃げられない事に気づき、抵抗するのを諦めてしまうと、その体勢のまま男に組み敷かれ好き勝手されているのが妙に気持ちよくなってきたのだった。後で考えてもこれは明らかに普通は女しか知り得ない受動的なセックスの快感のスタート地点であり、この時、この罪深き柔道講師によって少年だった俺の心と体に刻み込まれた黒い感覚であるのは疑うべくもない。

 とにかくこの二つの出来事を通して男同士のセックスが存在すると知ってしまった俺は、S生との押さえ込み稽古を以前にも増して楽しみにするようになったが当然のように毎回勃起するようになっていた。S先生が意図的に俺を「教育」したのかは彼のみぞ知る事ではあるが、俺がS先生の勃起を生々しく感じていたのと同じでS先生側も俺が勃起していたのは当然分かっていたはずだし、上記したような明らかに柔道とは違う「性的いたずら」をされても誰に言いつけるでもなく股間を固くしている少年は彼から見て絶好のカモだったに違いないしS先生は俺を征服した気でいたに違いない。実際S先生との行為は「双方同意の下での疑似セックス」と言っても大袈裟ではないと思う。S先生は縦四方固めの時にはいつも押さえ込む振りをしながら俺の首筋に唇を押しつけて息を吹きかけてくるのは前述した通りだが、気まずいのか照れくさいのかそれは股間の押しつけの執拗さに比べるとそんなに長い時間ではなく、十数秒で誤魔化すように体勢を変えていた。しかし確かスポ少を辞める少し前だったと思うが一度だけ首筋に押しつけられた唇が上に上がってきて唇の横まで来た事があった。当時は押さえ込み練習のドサクサの中で特に何とも思わなかったが、これも後で考えると、あれがS先生なりの出来る限りのキスだったのかなと思う。

 恐らくこの小さな出来事を未だに覚えているのは、あの時こっちから先生の唇にキスしていたら彼はどうしただろう?と思ったからだろう。そのまま舌を絡めてきただろうか。そしてその後二人だけの場所で心置きなく愛し合えただろうか。薄い胴着ズボン越しに手が届きそうで届かなかったS先生のペニスを直接目にする事が出来ただろうか。二人だけの場所ではやっぱり裸で抱き合うんだろうか。裸なら顔に直接ペニスを押しつけてくるんだろうか。S先生の勃起した大人の男根を当時子供の自分が口に咥える事が出来ただろうか。上手く舐めたらS先生もKのように俺の口の中に射精するんだろうか。S先生の大人の精液もKと同じで苦くてしょっぱい味なんだろうか。量が多すぎて飲めなくても許してくれるだろうか。それとも無理矢理全部飲まされるんだろうか。S先生の精液だったらいくら飲まされてもいいのにと。居残り練習の時は二人しかいない事が多かったし、逆四方の体勢で先生がちょっと勇気を出して胴着のズボンを下げて目の前に勃起したのを突きつけてくれたらいつでもそれに応えて口に迎え入れる心の準備は出来ていたのに。そして一度一線を越えたら二人きりで何でも出来たのに。いや、もし一線を越えていたらS先生のアパートであの身体で組み敷かれ、身体中舐められ唾液でベトベトにされ何度もディープキスされてフェラを仕込まれただろうし女も経験してないうちに週に何度も独身柔道講師の濃い精液を飲まされたら俺は今のようなハイブリッドではなく完全に心が妊娠させられ女にされていたかもしれないとか。俺はこうして生殺し状態で満たされなかった想いをネタに数限りなくオナニーしてきた。

そして、そのキス未遂の数週間後に俺は小学校を卒業してスポ少を卒業した。


 俺は男に対する好みも非常に偏っていて、その原因はKも年上で体格は大きい方だったが、何よりS先生がガタイの良い柔道の有段者だったという事が全てと言っていいだろう。例えば自分のように身長170ちょいで痩せ型、その辺にいそうな普通のやさ男や、しょっちゅう鏡を見ていそうなM字バングのイケメンなどには全く興味ないし、むしろ殴りたい。自分自身も妹がいるせいか、ずっと必要以上に男っぽく振る舞ってきたと思う。自分でも女顔だと分かっていたし可愛いと言われる事も多かったが、それが本当に嫌だった。小さい頃に妹の前で自分が可愛いと言われると男のプライドを傷つけられた気になったのだ。それから見た目がどうであろうと男は男っぽくあろうとするのが美学だと思ってきたし今でも思っているのだ。だからKやS先生もそうであったような、俺が男として勝てない部分を持つ男の前ではその「男らしくなければならない」という「」が無効化されてしまうのかもしれない。そんな訳で俺はデブや身体のでかい男、喧嘩が強そうな男が好きだしブサイクも好きだが特に「自分よりチンポがデカイ」というのが男に求める絶対条件なのである。それさえ満たしていれば他はどうでもいいくらいに。[tag] ゲイ ショタ ボーイズラブ ホモ

4.「本当の俺.avi」

  1. 2010/04/04(日) 22:18:41|
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本当の俺.avi (最終推敲&加筆 2011/09/27)


 それは俺が大学2年でハタチの時だった。正直言って自分の持つ欲望の中で最も人に見せたくない部分をビデオに撮られるのは相当抵抗があった。俺の場合は特に男の肉体を求める自分を認めたくない、見たくないという感情が強く、そのせいか俺は男に欲情する自分をどう扱っていいか分からない所があり「肉体関係を持つ男」との距離感も上手く掴めず先生とも未だになめらかには話せず、基本は単語会話である。(文系で饒舌な俺が)だから、男の股間に顔を埋めてフェラチオをする自分を客観的に見る事など絶対避けたい事だったのだが、先生の「俺が自分で見て楽しむ為の物だ、お前も一度自分で見てみろ」と説得されて渋々了承した。まあ、先生も男同士のエロビデオに出ている事を自ら宣伝したくはないだろうし撮影場所も先生の部屋なので先生も管理は厳重にするだろうと思ったから最終的には許した。まあ撮られている事なんて行為が始まるとあっという間に忘れてしまったが。

 だから最初にこの動画を見せられた時は色んな意味で衝撃だったのだ。俺の場合は前述のように自分の中の男に対する肉欲を最大限のタブーとして直視する事も避けてきたため、ある意味で多重人格的な精神{構造が出来上がったのだと思う。だから男とした時の事はぼんやりとした記憶は確かにあるが、他の事に比べるとあまりよく覚えていないし詳細は忘れてしまう事がほとんどなのだが、この動画はそんな自分の知らなかった、知ろうとしなかった生々しい俺の真実を嫌というほど見せつけてきた。そして何度も繰り返し見る事により、若い男と中年男の誰にも言えない恥ずべき情事をいつでも普通の生活の中で鮮明な記憶として思い出せてしまう事がどれだけ刺激と興奮をもたらしてくれるのかを俺は思い知らされたのだ。顔が写っているからネットに流したりは絶対に出来ないが、以下は動画の詳細を俺自身の最初に動画を見た時の感想とビデオ撮影時の回想付きで必要以上に詳しく生々しく解説した物である。

 動画が始まると先生は世間話をしながらアングルの調整をしているが、動画の中の俺は、見ていて恥ずかしくなるほど目の前の巨漢中年男の股間にうっとり目線を送っていた。それまで何度となく顔を埋めてきた場所だがPCのモニターで改めて冷静に見ると先生の出っ張った腹から股間に掛けては剛毛がびっしりと生え、絵的にはかなり汚い中年男の股間だ。カメラの設置が終わると先生は「そういやここ何日か帰ってビール飲んですぐ寝てたから風呂に入ってないんだよな」と言いながら、カーキ色のホットパンツを足下に落としてビキニパンツを太ももまで下ろした。俺も最初見た時は、この体格なのに何故わざわざビキニを履くんだろうと疑問に思ったが、先生によると腹が出ている人はゴムの部分が腹に掛かってしまうトランクスより出っ張った腹に関係なく股間と尻だけで履けるビキニの方がむしろ収まりがいいんだそうだ。しかし先生の体格に比例した赤黒く半勃ちになってモノはビキニの中で既に半勃ちになっていて、それは明らかに窮屈そうに見えた。

 そして先生が両手の親指を黒いビキニに掛けた時にビキニの前の部分が所々白く汚れていることに気付いた。この日は確かに亀頭には恥垢が白くコーティングされたように数本の陰毛と共にこびり付いているが俺も男なので射精した後数日放っておくとこうなり臭いも更にキツくなるのを知っていた。恐らく先生は出張先でホテルに帰って飲んで酔った後マスを掻いて射精しそれを拭き取りもせずそのまま寝てしまっただろうと思われた。そしてパンツの中にあった生暖かい空気と共に発酵臭とアンモニア臭と酸っぱい臭いが合わさったようなキャンプや何かで数日風呂に入れなかった後パンツを脱いだ時の、あの臭いが数倍に濃くした強烈な臭いがツーンと鼻を突いた。女ならまだしも男で他の男のそれを鼻先数cmの所で嗅ぐなんて普通では絶対にありえない状況だ。何に対してなのか分からないが胸がぎゅっと締め付けられ、すぐにそれは期待なのだと分かった。

 真夏に丸々数日間風呂に入らなければ汗と小便でムレて強烈な臭いになるが、動画の中の俺も、その汚れた亀頭に躊躇もなく顔を寄せ、普通の男なら一生触れる事すらないであろう自分以外の男のペニスや玉袋を大切な物を扱うように指先で優しく愛撫し、しかも数日間の汗や小便や精液がムレて発酵したその部分へ愛おしそうに口吻し、味わうように口に含んで舌で転がし、口から出しては裏側の縫い目や玉袋に一生懸命舌を這わせていた。その姿には妹の手前、必死で守ってきた男のプライドや尊厳なんて微塵も感じられない。精液が欲しくてたまらない一匹の淫乱な雌でしかない。俺のフェラチオは今までで一番だと先生にもしょっちゅう誉められるのだが、これも俺の中の雌の成せる技だろう。そして先生にそう言われて心の底から嬉しいと思う俺がいるのだ。

 例えそれが洗ったばかりで直接味がせず、しかもフィニッシュ前にやめたとしてもフェラチオをした後にはチンポから出る色んな分泌物によって鼻の奥から生臭い精液と小便の入り混じったような臭いを感じ、俺は未だに時々KやS先生のアレの臭いと同じだなあと思うのだ。それだけ俺にとってあの子供の時の二つの体験は強烈な物だったのだろう。しかもこの時のように汚れているモノは亀頭を口に含んだ瞬間しょっぱい発酵食品のような独特な味がするし鼻の奥にも刺激臭が残り、臭いで犯された感じがしてたまらないのだ。事実、モニターに映し出された俺の姿も、表情はうっとりとして女っぽいし、唇と舌の動きもまるで口が女性器と化しているかのように見える。多少仕草もなよっとしているように見える。
とにかく自分の事ながら男根を目の前にした俺からは女の、雌の匂いがしてくるようで、その姿を客観的に見ているだけで顔が熱くなってくるのだ。

 俺の亀頭へのねっとりとしたディープキスによってモノは完全に勃起し、さっきまでこびりついていた恥垢も、俺が全て舐め取り飲み込んだので、今や先生の男根は俺の唾液で洗い立ての新車のように赤黒くテカテカ光っている。俺は自分が掃除して綺麗にした亀頭の裏側に鼻を押しつけながら愛おしそうに息を吸い込んだ後、竿の裏側の縫い目に沿ってキスをしながら下へ降りていき、まばらな毛に覆われた茶色い皺々の皮に包まれた玉にまた鼻を押しつけ息を吸い込んでいる。この辺の行動はボーッとした頭でほとんど無意識に行っているので覚えていないが、玉袋は中の精液が染みだしているかのような淡い男の臭いがいつもしていて良い臭いなので嗅ぐのは好きだ。そして俺は玉袋全体をぱくっと唇で銜え、じゅうじゅう音を立てて吸っているのだが両手は先生の尻や太ももの辺りに回し、抱き寄せているので竿を手で押さえられないために、俺の顔の上の鼻の右横に先生の赤黒い竿がぼってりと乗っかっている。口の横から陰毛をはみ出させながら玉をしゃぶり、動く度に顔中を先生の太くて大きい男根に擦られながら雌の顔をしている自分の姿を映像で見るのは俺にとってこれ以上ないほど刺激的な事だった。

 何処かで正式に教わった訳でもないのに俺は相当フェラチオが上手いらしい。先生にも今までで一番だとよく誉められる。だからアナルセックスの経験がなく先生と出会って半年ほど経っても未だに先生のをバックで受け入れた事がない俺でも何とか先生を満足させられていると思えるのだ。先生に会うまで「アナルセックスなんて女の膣みたいな性感帯がある訳でもないだろうしキツくて痛そうだから」と全く興味がなかったが、先生の射精を何度も口に受けるうち自分の中で次第にアナルを犯して欲しいと思う気持ちが強くなってきた。本来男に卵子が作れる訳はないから精液を受けるのが口でもアナルでも同じ事なのだが、これが雌化というやつだろう。男ばかりの南極観測隊でも行っている間は一割くらいの隊員が女役になりフェラチオしたりするらしいが帰って来ると元に戻るんだそうだ。本当に元に戻ってるのか、だとしても、それが世間体を考えての表向きの事なのかどうかは定かではない。しかし「より雄らしい雄の前で自分は雌になることを選ぶ」という雄の選択は非常にエロいと言える。

 そして永遠の時間の中でフェラチオし続けている動画の中の俺が何度目かの玉袋しゃぶりからまた竿に戻り亀頭を口に含むと、そろそろ我慢できなくなったのか、先生は俺の頭を抑え既に先から生臭い汁を出し始めていた雄の生殖器を喉の奥まで押し込んできた。体格に比例した先生の太くて立派な男根も、俺の唾や先生のヌルヌルとした液体で濡れて簡単にツルッと俺の喉の奥に潜り込んで来た。俺も温泉やサウナで他人と比べたりしても決して小さい方ではないと思うが先生のは目測で俺のより長さで2cmくらい、横幅で1cmくらい上回ってると思うが、特にこの太さの1cmが結構違う。しかも先生のは俺より亀頭が傘を張っていてキノコっぽく既婚者という事で色も真っ黒い。

 フェラチオした事がある人なら分かると思うが、勃起した亀頭というのは口に含むと舌触りも本当にツルツルしていて、その感触を味わう度に、これは何処かの穴に挿入する為にある器官なのだと思い知らされる。そしてイキそうになった先生に頭を掴まれ腰を使われ、その太くて黒い先生の男根に口を犯されながらも動画の中の俺は目一杯開けた口の残された狭いスペースからいやらしくウネウネと舌を伸ばし、竿の裏側を愛撫しながら雄の射精を促そうとする様子は何度見ても自分の事ながら女性器の動きそのものにしか見えない。昼間の薄暗い部屋で毛深く頑強な中年男の性の処理をする色白で女顔の俺の姿は、口を雄に種付けされる雌に見えるし、結局雄も自分より強い雄の前では雌になって男根をしゃぶり精液を飲みアナルを犯され雌の烙印を押されるしかない、そしてそれが最も自然な摂理なのだと この動画を見る度に教えられる気がするのだ。

 「ああ…!」そして先生の雄の生殖器が玉をポンプのように上下運動させ、竿をびくびく振るわせながら俺という「雌」に種付けしようと熱くて濃い精液を吹き出しているのを口全体で感じ、舌の奥で精液の苦さと温かさを感じた時、俺は雌の喜びを知る。もうこうなると男の俺は完全にいなくなっている。そして先生の太いのが俺の口から出て行ったが舌の奥の方にべったりと先生の汁が張り付いて、鼻の奥から生臭い雄の臭いが立ち上ってきた。唇からはまだ恥垢の残り香の発酵臭が漂ってきて、こうやって先生の臭いに汚され、ボーッと残り香を楽しんでいる時間は幸せな時間である。これがMっ気なのか女の普通の感覚なのかは分からないが、少なくとも男として失格なのは確かだろう。

 先生はしゃがんで、ボーッとして膝立てた姿勢のままでいる俺を抱き締めてキスをする。そして恥垢から汗から先走りから精液まで様々な先生のチンポ味に染まった俺の唇を吸ったり舌を吸ったり舌を差し入れたり5分ほどした後、俺は押し倒されるのだが、カメラは先生の股間辺りの高さに固定されたままなのでここからは音声と記憶だけを頼りに書かなければならない。チュッ、チュッ、チュッと断続的にキスの音が続き、俺は身体中にキスされている。「こんなに固くしてるよ」とか何とか言いながら先生はいつものように親指と人差し指で俺の竿を掴んだりしごいたりしながら残りの指4本で玉袋を揉んで時々アナルに悪戯したりするというやり方で俺を愛撫している。乳首にキスしながら「すごいガチガチだ。全然下向かないよホラ」と俺のを弄んでいたが、一旦そこから離れ中指と人差し指を俺にしゃぶらせ指でアナルを犯す準備を始める。「少しずつ広げていかないとな…」とボソッと言いつつアナルに指を2本入れていく。俺は「あ…」と小さく声を出したがその声の出し方は既に男の物じゃない。「ん?もう透明な液でヌルヌルしてるぞ。」「違う…」「違わないよホラ見て」と既に会話は男女の間で繰り広げられるような物になっている。もちろん先生と俺の最終目的はアナルセックスではあるが結局、本来アナルセックスは「穴を犯す、犯される一つになり体内に射精を受ける」という精神的な物が大きいから、男根をアナルに挿入しなくても、こうして言葉責めされながらの指ファックも悪くないと思う。当事者が後で冷静に見る分には相当こっ恥ずかしいが…。こうして文に書くのも。


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 この日からしばらくして先生のアレ並の物に充分慣れさせてからローションをたっぷり使ってアナルセックスを始めたが、時間を掛けて慣らしたせいもあってかキツイのはキツイものの、思ったよりはすんなり入って拍子抜けした。先生が言うには「目の前で見るからチンポは凄くデカく見えるかもしれないけど、みんなこれくらいのウンコはしてるんだよ」だそうだ。下品だがそうかもしれないと思った。という訳でこの日から先生のアパートにはローションや性感ゼリーも常備され、俺は何度か先生に犯され、女として愛される幸せってこういうもんなのかっていうのが気がしたが、個人的にはフェラの方が屈辱的で好きだ。繰り返しになるがアナルセックス自体は肉体的な快感はあまりなく、「女のように犯されている自分」を感じたいがためにするのだ。俺は痔になっても嫌なのでアナルセックスは先生とも他の男とも結局数えるほどしかしていない。情事の詳細についてはここでは割愛する。

 ちなみに後日談だが、このビデオの日から約一年後、先生がアパートの家賃を払い忘れた事から先生の自宅に請求が行き、幸か不幸か無人の時ではあったが奥さんにアパートに乗り込まれ、全てを奥さんに知られる事となった。そして当然というか先生は離婚届けを突きつけられ、慰謝料を請求された。結論から言えば先生は離婚しなかったがアパートは解約され、今後一切男遊びはしないと誓約書を書かされた。アパートに置いていた俺の荷物から俺の身元も割れ、電話が掛かってきて奥さんに泣かれたので俺はきっぱり身を引いた。背徳感という意味では、その後に会うのもいいかなと思っていたが娘さんの事も考え俺は携帯の番号を変えた。さすがの俺も、その後しばらく男に欲情する気になれず、後輩繋がりで知り合いだった女の子と付き合いだした。そして今現在でも彼女が「正式な」恋人である。

もちろん彼女は俺の全ては知らない。

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5.「本当の俺.avi」

  1. 2010/04/04(日) 21:45:48|
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最後に(最終推敲&加筆 2011/09/27)


 自分は女にしか興味がないと思い込んでいる男が大多数だと思うが、実はちょっとしたきっかけで誰でも男同士でセックスを楽しめる事に気付けるのだ。この男色半生記を読んで勃起してしまった男は素質がある。特に同性のセックスはどちらの立場が上か明確になるためSM向きだと言われているので自分がSかMだと思うなら男を試してみるのもいいと思う。ちなみに意外に思われるかもしれないが俺はレズフェチでもある。異性の同性愛を深く信じそれに没頭するには自分の中にもその資質がなければならないという事なのだろうか。ネット友達にレズの同棲カップルがいるが3人でチャットしていても仲が良い女友達にしか見えないのだが彼女たちも2人だけになると女王と奴隷のような主従関係を築いていると聞いた。やはりSMは人間が他者を盲愛するために必要不可欠な麻薬なのだろう。

 俺の場合も、男という生き物に対する興味の薄さ(街で可愛い女の子にこそ目は行くが男を目で追う事は基本ないし、男に恋した事も過去一度もない)から自分は同性愛者とは違うと感じていたのだが、最近気付いたのが俺は男とやりたいと言うより被虐の喜びを求めているんじゃないか、という事。決まった相手を作るよりもハッテン場を好むのも、男である自分が会ったばかりの見ず知らずの中年親父の前に跪き、上から見下ろす中年親父の視線の下で目の前の膨らみをうっとり見つめながらパンツが下ろされるまでの十数秒を待ちわび、やっと目の前に突き出された、黒ずんだズル剥けチンポのツンと鼻を突く刺激臭にわずかに残った男のプライドを破壊され、会ったばかりの中年親父の竿や玉まで唇と舌を使って丁寧に掃除する、日常では絶対ありえないほど恥知らずな自分に激しく興奮し、心底ゾクゾクするからなのだ。そして男なのに自分のフェラチオによって口内に熱い射精を受けた時の被虐的な喜びも言葉では言い表せない。男女のセックスでのフェラチオは単なる前戯だが、男同士でのそれは意味が違う。何も言わずとも男の前に跪き男根を口に咥えて唇と舌で愛撫するという行為は「貴方のオマンコにしてください。精液いっぱい欲しいです」という完全服従宣言以外の何物でもない訳だから男にとってこんな恥ずべき行為は他にない。究極の精神的被虐である。男女のセックスでどんなプレイをしようとも本人達が楽しめればいいと許される最近の風潮で、ハッテン場での男同士の情事は普通に日常を送る中では決して味わえない禁断の興奮を与えてくれるのだ。もし自分が女だったらこの興奮は味わえないだろう。そういえば以前ハッテン旅館で会った男に「自分はホモじゃないが男なんか全く興味ないって顔をしてる男が自分のチンポを目の前にして女の本性を現し、夢中でそれに舌を絡ませ嬉しそうに精飲するのを見ると優越感を感じたまらなく興奮する。この興奮は男同士でなければ味わえないからハッテン場に来ている」というような事を言われた事がある。女を装うオカマは女性経験がないから女が男を魅了するために数百万年の間培った雌の本性を現した女の凄さを知らないのだろう。男が女を装ったからといってとても太刀打ち出来る物ではない。だが、紛い物ではなく、男の中に刹那に現れる本物の雌の本性は雄を興奮させるのだ。取り繕う必要などない。男は男として、女は女として自然体で同性も愛せばいいのだ。

 基本的にハッテン場には俺のように決まった相手を作らず、会ったばかりの男とするのが好きなやつが多いので、安定したセックス相手が欲しいと言うより無意識に被虐や加虐の欲求を満たしている男は多そうだ。ハッテン場に行くやつのほとんどは「ホモ行為をしている」っていう事くらいしか意識してないと思うが、実はホモ行為という枠の中で無意識的にSとMに分かれているのだと思う。

 ここまで書いてきたように俺にとっての男遊びはマゾ的快感の追求の一部だが、逆に会ったばかりの男を跪かせ、女の顔でチンポにしゃぶりつく男を見下ろしてギンギンに勃起させる男がいるからこそ需要と供給のバランスが取れている訳で、言うまでもなくそっちはサディスティックな快感を求めているのだろう。例えば俺もよく喉の奥に男根を深く突っこまれ腰を使われてむせたり、顔射されチンポで顔中に精液を塗りつけられたりするが、俺はもちろん被虐の快楽にうっとりしてるし、そんな俺を上から見下ろしながら満足気な男の顔を股ぐらから見上げているとSとMのセックスって会話はなくても自分がしたい事をしているだけでお互いが相手を喜ばせていると感じる事が出来るし、多くの場合、お互い連絡先も知らせずに別れる事が多いが、これも一つの愛の形じゃないかと思う。男とか女とか関係なくセックスの相性ってつくづく大事だなあと。Mッ気のある男なら分かると思うがサディストの彼女を見つけるなんて至難の業だ。仮にそういう資質があっても基本的に女は結婚するまでは余計な事は一切しないだろうし、相手が乗り気じゃないのに「足でチンポを踏みつけてくれ」などと無理矢理頼んでしてもらっても嫌われるだけだろう。何度かネットで知り合った自称サディストの女と会った事はあるが彼女達は全てサディストではなく相手を自分の意のままに縛り付けて置きたいだけの寂しがり屋だった。予定調和のような行為自体はたまにあるのだが、要はこっちがわがままな猫をあやしているような関係ですぐに嫌気が差した。最後の手段、風俗の女王様でさえ楽に金を稼げる職業としてやっている場合がほとんどである。しかも普段の態度と性癖とは無関係な為、「エリカ様」のような女がベッドの上ではバリバリのMだったりする。というか、最近疑問に思っているのだが女は基本的に全員マゾなんじゃないだろうか。それでもどうしても女王様が良いと言うならそれはマゾと言うより女王様フェチだろう。ちなみにMだMだと言いつつ、正確に言うとSMと攻め受けは別なので俺の場合も今の彼女とのセックスは極普通である。わざとシャワーを使わせずにつま先からケツ穴まで執拗に舐めたりはするが、これは男なら彼女に普通にする事だろうし、この行為自体がSなのかMなのかもよく分からない。

 ちなみにこれを読んでいる中でこれから男とやってみようと思っている男がいるかも知れないが、公園とか公衆トイレ等、いわゆる無料のハッテン場は勧めない。色んな意味でリスクがあるからだ。ハッテン旅館なら70過ぎの老人でもない限り相手は見つかるだろう。旅館は基本的に泊まりなので遠征もしやすい。俺も「先生」と会う前だがハッテン場通いを始めて一年経った辺りに一度だけ好みのワイルドな大柄の男と出会い、それなりの「アバンチュール」を楽しんだ事はある。ハッテン旅館の成功例としての体験談も書いておく。

 俺が一人でミストサウナの中にいると、その男(年は分からないが恐らく二十代後半から三十代前半で顔はいつもあまり見ないのでよく覚えていないが筋肉質で185cmはあり坊主に近い短髪で肘や膝に擦り傷もあり自衛隊員っぽかったので”J”としよう)が一人だった俺の隣に座り自分のを扱いて勃たせていたので見ていると目の前に仁王立ちになり「キスして」と言ってきた。もちろん断る理由はなく、俺はJの身体の大きさに比例して大きく勃起していたツルツルの亀頭にキスした。Jの陰毛はケジラミ対策かアナルセックスでの巻き込み対策か、数週間前に剃ったようで2〜3cm程度しか生えていなかったのを覚えている。まあ、それもこういう場所でのエチケットだろうが当然シャワー済みで無味無臭だったのも体臭フェチの俺には旅館が少し物足りない点ではある。俺はそのままいつもしているようにゆっくり竿を飲み込み前後にゆっくり動かしながら口の中では舌を上下左右に竿に這わせて愛撫した。Jは誰に言うともなく「上手い」と呟いた。褒められたので俺は鼻で必死に息をしながら続けた。女性器からの分泌液が男を興奮させる作用があるのと同じで男性ホルモンの権化である男性器の雄臭い臭いにもセックス相手を無抵抗な雌にする何らかの物質が含まれているんじゃないだろうか。根拠はないがそんな気がする。フェラチオしている時はトランス状態に近くなり、この時も時間の感覚が定かではないが7分〜8分くらいで鼻の奥から精子入りカウパーの生臭い匂いが漂ってきて、それから2〜3分で俺の頭を掴んでJは射精した。精液は特に濃くて粘度が高くなくても全てを一気に飲み込む事は出来ず、必ずある程度は喉の奥に張り付いてしばらくの間「男に口を犯された証」として鼻の奥から生臭い匂いで主張し続ける。お互い男だから射精したらすぐには性欲が回復しないのが分かるので俺は普段は相手が射精した後は口内を犯された余韻を楽しみつつスッと別れるのだが、Jは立ち上がった俺を抱き締めてJ自身の精液や分泌液で生臭い匂いの俺の舌を吸うディープなキスをしてきた。確かこの時に初めて男とキスしたと思う。何度も言っているように俺はホモではないし男に愛される事を望んでいるのではなく「雄の前で雌として振る舞う自分の恥ずかしい姿に興奮している」のであるがフェラチオ後のキスは素直に嬉しかったし男にキスされて自然に背中に腕を回しているのに気付いてより興奮した。

 その後、三階のホールで会う約束をして一旦別れ、俺はしばらくTVを見ながら缶チューハイを飲んでいたが(ここで無意識に匂いを気にしていつものビールではなくピーチのチューハイを選ぶ辺り、セックスの女役は女性心理に近くなるんだなと自己分析していた)そして3〜4時間後の深夜1:00頃に三階のホールへ行くとJがいたので二人でブラックライトがついている妖しい布団部屋に行った。布団が6組ほど敷いてあったが2、3箇所で布団が動いていた。個室ではないので声は押し殺しているのかキスの「チュッ、チュッ」という音と、ゴムを付けてアナルセックスをしている「ギュッ、ギュッ」という音だけが聞こえてくるのが淫靡だった。以前も布団部屋へは寝に来た事はあったが男と来たのは初めてだったので色んな意味でかなりドキドキしていたが冷静さを装って空いていた真ん中辺りの布団に入った。ちなみにハッテン旅館では裸に股間の辺りがやけに開いた浴衣を着ているのだがJは自分の浴衣を脱ぎ俺の浴衣も脱がし覆い被さってキスしてきた。そして裸で抱き合ってキスしていると二人とも股間はすぐビンビンになったがJは自分の竿を俺のにゴリゴリと擦り付けてきた。俺はその時点で一度も射精していなかったので布団に入って10分もせずにイッてしまったと思う。Jは俺の精液を枕元のティッシュで拭き取ってくれたし、今考えても射精前も射精後も常に愛情たっぷりに接してくれた。
 
 Jは恐らく精神的にも肉体的にも完全に同性愛者なのだろう。その後、俺がアナルセックスNGの代わりに布団に潜って、たぶん数時間はJのアナルから玉袋から竿まで丁寧に舐め、Jが何度かゆるやかな射精をする度に溢れた精液を全て舐め取り俺が出来る限りの方法で愛情を示した。Jは「いつも水曜日に来る?」と言い残し(その日は水曜だった)朝方に帰ったが俺は二度とその旅館へは行かなかった。肉体関係を持つ同性と精神的にも結びつく事で、自分のしている事が単なる性癖では済まないステージに進んでしまいそうで怖かったのと、俺はあくまで被虐的な刺激を求めているのであって、Jとの関係は何か違うと思ったからだ。

 エロ映画館でのハッテンは俺は好きだがホモ行為目的でない一般客やホモにしゃぶらせて抜こうとする半一般客から色々いるので駆け引きが難しい。(もちろんホモ映画館ならホモ行為に興味がある男しかいない訳だから初心者なら声掛けられるまで待って、誘われたら付いていくか断るかしかないから難易度は低いだろうし場所によってはハッテン部屋まで用意してあるそうだが俺は行った事がない)まあ、もし興味があるなら色々調べて経験してみればいいだろう。前述したように無料のハッテン場は男同士の出会いを求めている人間以外が入り込む可能性が高いし性病予防の面からもリスキーなので勧めない。初心者なら、ネットで調べて出来るだけ居住地から離れた地方のハッテン旅館かホモ映画館にでも行ってみたらいいと思う。

 しかしこうして文章にする事で改めて自分を総括してみると異性愛とか同性愛って何なんだろうかとは思う。俺が女の子に感じるような恋愛感情を男に全く感じないのも事実だが人間的に愛せる男を肉体的にも愛せるのは事実。それは同性愛とどこが違うのかと聞かれると答えられない。もしかしたら異性への「ときめき」の正体とは生殖本能を除けば未知の存在に対する実体のないファンタジーがその大部分であって、そんな幻想を消費しながら全てを知り尽くしてしまうまでに真の愛を探すのが男女の恋愛なのかもしれない。同性同士は最初から知り尽くしている(と思い込んでいる)から異性間に比べて新鮮さがないように感じるだけで実は余計な幻想がない分だけ初めから長年連れ添った夫婦のような真の愛に近づきやすいとも言えるし、一応高等生物である人間は既に、固定観念さえ取り除けば実は誰でもバイセクシャルなのかもしれない。恋愛なんて「会いたい、触れたい、やりたい」でいいのかもしれない。このどれかを感じたら誰でも同性を愛せるはずだ。




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